新石器時代の沖縄

琉球列島の先史時代は、南島先史文化の3つの文化圏が設定されています。
種子島・屋久島などの薩南諸島の北部文化圏、
奄美諸島および琉球諸島からなる中部文化圏、宮古・八重山諸島の南部文化圏です。

奄美・沖縄諸島からなる中部文化圏は、
九州の縄文文化が縄文前期ごろに北部文化圏を南下して定着し、
独自の発展をとげたもので、その発祥は、近年の遺跡の発掘によると、
従来より数千年も古くさかのぼることが証明されました。

いっぽう、南部文化圏とみなされる先島(さきしま・宮古および八重山諸島)
の文化圏は、日本の縄文・弥生文化とは異質です。
日本本土や奄美・沖縄諸島との関わりはほとんどなく、
台湾やフィリピンなどの南方諸島との関わりが深いことから、
南方一帯にそのルーツがあると考えられています。

琉球列島南端にある先島(さきしま・宮古および八重山諸島)の先史時代の遺跡には、
縄文・弥生文化の影響はみられず、
フィリピンやインドネシアなどの南方の影響が多くみうけられます。
おそらく、沖縄と宮古間の海が日本文化をたちきる溝となっていたのでしょう。

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    2008年09月26日

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